復興への取り組み

復興への取り組み

「地域の食を担い魅力を開発する。」街の台所として、商いを通じ地域へ貢献/間瀬慶蔵

東日本大震災後のびはんは、ふたつの顔を持って復興に取り組んできました。
ひとつめは「山田の台所」としてびはんを必要としてくださる地元・山田町のみなさんのためのスーパーとしての機能の回復。そしてもうひとつは、震災によって山田を知った方々に食を通じて山田の魅力をもっと伝えていくための商品開発です。

「山田の台所」の復旧に向かって

震災時の様子1

びはんは2011年3月11日の震災の津波によって山田町内の2店舗のほか、ガソリンスタンドや水産加工場などを失いました。私自身は町中心部の「プラザ店」の店内にいて、すぐ横の高台に避難し助かりました。

山田町は、JR陸中山田駅があった町の中心部を含めて広い範囲に津波が押し寄せたため、スーパーやコンビニを含む店舗の多くが被災し、住民は避難所などでその日食べるものにも困る暮らしを余儀なくされました。

そんな状況の中で、まず最初に取り組んだのは「プラザ店」跡の敷地内での食料品などの販売です。

まだ行方不明者の救助作業が続く山田町からトラックを走らせた先は内陸の盛岡市の取引先でした。そこにあった商品を積み込んでは山田で降ろし、往復を繰り返して、3月15日からはテントの中で販売を再開しました。

車を流されたりしてプラザ店まで来られない方向けには3月17日から移動販売も始めました。

幹線道路の通行もままならない時期だったので少ない商品ではありましたが、駆けつけたお客様に「よくこれだけ揃えてくれた」と言っていただいたことに励まされました。

震災時の様子2 震災時の様子3 震災時の様子4
震災時の様子5

初盆までに店舗再開を

店舗再開までの様子1

4月に入ってからは旧県立病院の建物内に仮設店舗をオープンし、ここでは60坪ほどの店内で冷蔵の商品も扱えるようになりました。その後、ひとつの節目となったのは8月7日の「プラザ店」の再開です。

多くの町民の命が失われたこの山田町でなんとか初めてのお盆に間に合わせたいという思いがありました。初盆の準備に不自由な思いをしてもらいたくなかったのです。幸い地元の建設会社に協力いただき、実現させることができました。

今回の震災を経験し、万が一再び津波が来ても浸水する可能性のない店舗も必要だと考え、2013年には町内北部に豊間根店をオープンさせました。

「プラザ店」再開によって山田町での最低限の販売機能を復旧させたことで、急いで次の手も打っていかなくてはいけないという思いも強まりました。それがびはんのオリジナル商品である「山田の醤油」を軸にした商品の開発でした。

店舗再開までの様子2 店舗再開までの様子3
店舗再開までの様子4

「山田の醤油」で山田を発信

「山田の醤油」は大正時代の味を平成になってから復活させたものです。甘さが特徴で、山田では刺身から肉じゃがまでこれ1本という家庭もあるほど、町内ではポピュラーな調味料です。

復活以降は内陸の醸造会社に製造を委託していたため、津波の被害を受けず無事で、継続的な生産が可能でした。津波直後から全国からたくさんのボランティアががれき撤去などのために来てくれましたが、何もかも流されてしまった山田町には、おみやげやお菓子がありませんでした。そのため内陸から移送し町内で販売していた「山田の醤油」を多くの方々が購入してくれたのです。それが口コミで広がり、以来、全国各地からインターネットや電話での注文を頂いています。

「山田の醤油」

そんな「山田の醤油」を軸にして、山田の新しい名物になるような商品の開発を進めています。その一つが瀬戸内海の蛇寅レモンと山田の醤油を使った「山田のレモぽん」です。

岩手県内の経営者のご縁で広島のオタフクソースさんと知り合い、「山田の醤油」と「お多福酢」が出会いました。
さらに山田町出身の方のお孫さんが作るレモンも加わり、魅力的な調味料が仕上がりました。

また「山田のしょうゆラスク」「山田のしょうゆせんべい」など、地元山田町や近隣の事業者とコラボレートしたお菓子も開発しています。どちらも山田のしょうゆの甘さがポイントで、地元の方の手土産や観光で来た方々にお土産としてお買い求めいただいています。

「山田のレモぽん」

山田の資源を生かし届けたい

びはんは震災の前から少しずつ商品開発や、岩手県内の企業と連携したイベントの企画などを進めていました。

実はあの日、3月11日にも盛岡市の地ビール会社・ベアレン醸造所と連携したビールイベントの開催を予定していました。もちろんイベントは実施できませんでしたが、この縁で2013年から山田のシンボル・オランダ島のラベルを貼った瓶ビールをベアレン醸造所が販売し1本につき10円が山田町に寄付されるという取り組みが今も続いています。

このベアレン醸造所とのプロジェクトにかかわったことで「もっと山田をPRする商品をつくりたい」という思いがますます大きくなりました。今も開発のアイデアが思いつくたび、スマートフォンにメモしていて、増え続けています。

山田の郷土菓子「すっとぎ」を練り込んだロールケーキやどらやき、さらに山田で育った豚の精肉や餃子など、海もあって山もある三陸の山田町ならではの豊富な資源を商品にして届けていきたいと思います。

そしてびはんと言えば欠かせないのは、社長の名前を冠した「尾張屋半蔵」ブランドの水産加工品です。いかの塩辛や塩うに、ほやの珍味などを、震災後に再建した加工場でひとつひとつ手作りしています。

盛岡市の地ビール会社・ベアレン醸造所のビール 山田の郷土菓子「すっとぎ」を練り込んだロールケーキ 山田で育った豚の精肉
びはんの水産加工品

復興後の山田に人を呼び寄せる

もちろん「山田の台所」としてのスーパーびはんも、山田町の復興の進捗とともに変化しながら利便性向上に取り組んでいます。もっとも大きな動きとしては2016年の「オール店」の新規出店です。

「オール」は2019年に三陸鉄道リアス線が開通する陸中山田駅前の複合的な機能を備えたエリアで、3メートル盛り土をした上にマンション型の大きな災害公営住宅や商店街、図書館などが集約されています。その中核としてびはんが出店することになり、近くに再建したプラザ店は閉めることを決断しました。

災害公営住宅に暮らす高齢の方々や復興工事を進めている建設関係の方々の利用が多くなっています。住宅再建も進み、鉄道も復活するなど、町の復興も進んできました。町民として町の復興はとてもうれしい。一方で、工事の終了に伴って工事関係者など町で働いていた人たちは一気に流出するという不安要素もあります。

だからこそ、店でお客様を待つだけではなく、オリジナルの商品を作り店はもちろんインターネットでも販売し、商品を通じて山田を知った人たちに実際に山田に足を運んで山田を体験してもらいたいと思っています。

山田にはほかの土地に負けない魅力的な人やものがたくさんあります。全国の方々に山田を知ってもらうきっかけを増やす。それがびはんの目標であり山田町に代々続くびはんとしての責任でもあると思っています。

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復興後の山田に人を呼び寄せる取り組み4

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